映画「MINAMATA」

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今回は映画の話です。以下、フェイスブックの自分のページに書いた文章の転載です。

 

映画「MINAMATA」
公開日の翌日、仕事帰りに観てきました。写真家ユージンスミスの水俣での取材をジョニーデップ主演でハリウッドが映画化したものです。

私は一時期ユージンスミスの写真に傾倒していたことがあり、氏が使っていたのと同じカメラ(ミノルタのSRT101というカメラ。劇中でも小道具として使用されていました)を使っていたこともありました。「水俣に捧げた1100日間」もその時に入手したものです。そのため本作も予備知識のある状態で観ることができました。

 

【ドキュメンタリーではなく、ドラマ(真実を元にした物語)】
さて本編の方ですが、一部の方が指摘するように、史実と異なる部分や破天荒なところも確かにありました。
しかしクライマックス、悪態ばかりつくユージンスミスに嫌気が差していたライフ誌の編集長が、スミスから送られてきた、有名な「入浴する水俣の母と子」の写真に言葉を失い、見入るシーンは非常にドラマチックで、近くの席からすすり泣きが聞こえてきました(私も鳥肌が・・)。
日本人が公害を取り上げた作品を作ると、ひたすら事実に忠実な、重くて暗いドキュメンタリー、それこそNHKあたりで深夜にひっそりと放映されるようなものになりがちですが、それだと観る人も限られてしまいます。観る人が少なければ作品のメッセージ性も薄れてしまいます。
現在水俣病の認定を受けられずに苦しんでいる人には高齢の方が多いですが、認定基準があまりに厳しいとも言われています。
本作が反響を呼び、認定基準を見直すべきという世論が醸成できれば、今も苦しむ人達(しかもあまり時間もない)への救いにもなる。ジョニーデップが水俣病について、「過去のことではなく、現在も続いていることに衝撃を受けた」と語っていたことも勘案すれば、より多くの人達にこの問題を知ってもらうために、ドキュメンタリー色を薄め、敢えて脚色のあるドラマにしたようにも思えます。

明らかに事実と反するシーンもありましたが、それ以上に「MINAMATA」は、心揺さぶるドラマとして成立していると思いました。

 

【怒りと配慮】
興味深かったのは、チッソ社長の描かれ方です。「微量な毒なら無に等しい」という趣旨の、原発事故の汚染水を海に流そうとした人達と似たような屁理屈を展開するなど、途中までは完全に怒りの対象として描かれていました。
しかし、「入浴する水俣の母と子」の写真が掲載されたライフ誌を見た時、側近に、「別の方法を考えましょう」ともらして、うっすらと目に涙を浮かべます。「安易な改心劇」と批判する向きもあるようですが、私には安堵の涙に見えました。
経営者としては被害者救済の方向へ会社の方針を変更することは難しいが、それだと自分の心は痛む。しかし、水俣病患者の惨状が世界的に知られたことで、会社としても救済の方向に舵取りを迫られることになり、それは自分の心にも適う。そのことに救いを感じていたのではないでしょうか。
また、このシーンは、加害者対被害者という二者対立構造を緩和する意味もあると思います。
ただ公害を発生させた企業を怒りにまかせて批判するだけでは両者の溝を深めるだけで、患者の救済からかえって遠ざかってしまう。そこで最後にこのような場面を入れ、当時の対立感情が振り返すのを避けようとしたのではないでしょうか。
そのような配慮も私には感じられました。

 

ミノルタとのエピソードも描いてほしかった】
個人的に一つ残念だったのは、カメラマニアの間では有名な、ミノルタとの交流が描かれていなかったことです。
当時、ユージンスミスは来日した際、新幹線の中で撮影機材の置き引きに逢い、途方に暮れていましたが、それを助けたのがミノルタの広報担当者だったそうです。
困っていたスミスに同情し、独断で自社工場から高価なカメラとレンズ一式を持ち出し渡してしまいましたが、現在の感覚で云えば、稟議書も上げずに社用車を他人に譲渡するような行為です。下手をすれば法務担当者から背任の疑いもかけられます。
案の定社長から呼び出しを受け、叱責されることを覚悟して出頭したところ、叱られるどころか、逆に「よくやった。これで世界的な写真家とつながりが出来た」と誉めらたそうです。
更に付言すれば、チッソは熊本の有力企業なので、これと対立している写真家を援助すれば、自社の営業活動に影響が出ることも懸念されたはずです。
現在は人件費を削ることにしのぎを削るような経営者が多いですが、ミノルタの社長は男気のある方だったのでしょう。
全編緊張感がある作品ですが、ミノルタとのエピソードも取り込めば、もう少し楽に観れたと思います。

 

長文で失礼しましたが、個人的には、最近10年間で観た映画の中では最も見応えがありました。公開日から一月近く経ち、上映館も少なくなっているようですので、早目に観ることをお薦めします。